【台高】摺子谷本谷と左俣大滝登攀

記  榎
タイトル 夢にも思わぬ大滝登攀
メンバー L吉岡・丸尾・榎
日程 2007年5月25日N〜5月27日(日) 天気
場所 【台高】摺子谷本谷と左俣大滝登攀 地形図 高代山
歩行時間   遡行図 なし
コース
タイム
  
アプローチ   
装備  
メモ  

5月25日(金)

例によって21時尺度集合。今日は、けっこう雨が降ったが、水量が少ない谷のようなので、降雨後のほうが期待できそうだ。
私が少し遅れたり、Tさんが来ないので出発が30分遅れるも,さすがの吉岡車、七色貯水池まで2時間30分かからずで到着。ゲートがあり入れないので、宮の谷手前のボート係留場あたりで幕営。ボートを引っ張った車が多い。
吉岡さん2回目(初登から18年後というから1994年?)時の手書き記録などを見せてもらいつつ宴の時を持つ。0時半頃?就寝。

5月26日(土)

早朝4時半ボートの音に起こされる。大きいボートを曳航するのだから夜中に走るのだと思っていたが、早朝からエンジン音けたたましい。もう魚釣りか?高いお遊びだこと。ところで、足がかゆい。血も出ている。ヒルだ!シュラフを探すと、いたいた、エノキ茸なみにか細い私の血を啜り丸々と太った奴が。もちろん、おしおきをする。もっとも、ボートも無いのに早朝から大きいザック担いだ我々のほうがはるかに怪しげだ。
ザイルとテントをいれたザックは大きく重い。が、幸い摺子谷出合いまではわずかだった。摺子谷橋と欄干にも明記されている。谷沿いの仕事道をしばらく辿り(吉岡さんが過去2回来た時には無かったとのこと)、堰堤を越えたところをベースと定め、テントや荷物を置く。随分軽くなったザックを持ってさあ出発。 
30分ほどで左俣出合い。左俣を遡行するも、資料にあるとおり、水量は少ない。すぐで伏流している。
どんどん行くと、大きなチョックストーンのある滝にでた。吉岡さんがおかしい、記憶に無いという。どうやら、左俣の左支流に入ってしまったようだ。引き返すとやはり右にあった。水流もまた出てくる。
大滝下に出たのは、遅くなってしまっていた。登攀にかかったのは、10時半ころだ。まてよ、確か4〜5時間かかるとあった様に思うが大丈夫か?
そもそも、私がこの谷を行きたいリストにあげたのは、吉岡さんが初登記録(1976.12.12)を持っているし、230メートルという屈指の大滝を見たいと言う理由であって、登攀したいなどとは、夢にも思わないのだった。
無理そうなら、下で待っていますと言うつもりだったのに、なぜか当然登るということになっているようだ、やばい!
テラスが6つくらいあるとはいうものの、上の方はすごく立っており草付きもある。
はるか上の方で、滝が落ちており、下の方は左から溝状というのか,段をなして斜行している。そこに、つつじか、赤い花がアクセントをなしている。
やめたいなと思っているうち、最初のテラスに登った吉岡さんが何やら叫んでいるが聞き取れない。8の字で付けたザイルで登ろうとすると何やら違う、フィクスでといっているようだ。タイブロックに付け替えようとするのだが、随分長くつかっていないので付け方が思い出せない。まだ、5回は使っていないと思う。
岩講習も、丸尾さんが講師で憩いの会の人達と何度か受けていたが、今年になってからはご無沙汰で、もう忘却の彼方だ。岩方式と沢方式もごっちゃになっている。
果たしてきちんとできていたのか良くわからないうちにテラスに登る。なるほど、支点を岩に取っているのだが、すっぽ抜ける可能性ありということなのだろう、私にザイルを踏んづけておけと言って丸尾さんの確保にかかる吉岡さん。
次はまだ緩傾斜だが、どこかしら1ピッチにつき1回くらいはちょっと困ったなというところはあるものだ。
そうこうしているうちにむつかしくなってきたとみえ、丸尾さんにきてくれと言う吉岡さん。私のビレイなど無いも同然だから、当然のことだ。
期せずして、クレッターシューズの方が良かったかなあと皆が言う。そう私も用意はしていました。荷物が多いし、沢中で履き替えることもまあ無いだろうと結局持参しなかったけれど。丸尾さんも車に置いてきたらしい。
壁が立ってくるので、過去2回と違い、年齢相応にブッシュに逃げようかという吉岡さん。もとよりこちらに異存はないが、これがまた案外しんどい。通過しにくいブッシュやいやらしい草つき。
吉岡さんがハンマーを落としたようなので探してくれと上から言う。1ピッチごとにハーケンが必要なこのルート、無しではすまぬが、こちらにもそんな余裕が無い。あったあった、なるほど紐が切れている。幸いブッシュに引っかかっていたので拾う。
とはいえ不安定な態勢でどうしたものかなと思っていると、下から丸尾さんが自分が回収するからハンマーの穴にカラビナを通して支点にかけておけと言う。なるほど、いつもいいアドバイスをありがとうございます。
草つきを、さすがの私でも引っ張るようなまねはしないで押しつかむようにこわごわいく。おっと!ハンドは良かったが、フットはまともに草ごと滑り抜けて、ザイルにまともにテンションをかけてしまった。
滝から離れる一方だったが、この上で、水流に近づくので、水をとる。私がプラ水筒を持っていたので、インクノットでカラビナをつけてザイルにつけて渡すように丸尾さんに言われるも、いまいち分かっていない私。もういいわと吉岡さんがしてくれる。お前の腰についているのは何じゃと丸尾さんにお小言を頂戴する。そういえば、本にも出ていましたね。ここで、軽く遅い昼食をとる。
最後の登攀を終えるとまあよくきたものだとは思うものの、今度は、どうやら懸垂でおりるという。長すぎませんか?懸垂7回でようやく下のルンゼに降り立つ。
しかし、懸垂下降も的確な判断が重要だということが実感される。下が良く見えないところがある中で、次の支点が取れるところを見つけ、ザイルが届くか判断しなければならないのだから。
若い時は、懸垂のロープが2メートルほど足りなくてとびおりたことがあるだの(それも、たしか暗闇で)、届かないから登り返しただの恐ろしいことを言っていますね、吉岡さんは。
最後は空中懸垂も交えていいかげん腕にも疲れが来るくらいで、恐がりのあまり、常々スムースな懸垂がなかなかできない私にしては、スルスルといってしまう。
6時頃、幕営地点へ戻り、焚き火を囲みながら、夕食。重い米までもってきたが、皆さんパックご飯利用で炊かないようなので、私もアルファー米にする。珍しいことだが要するに面倒くさいのだろう。
私は、反対の足もヒルが付いた。まあうまく、ソックスとズボンの隙間から入ること。丸尾さんは私の血が美味しいからだろうと言われたが、よく見ると、ご自分の方がよく食われていた。ヒルは火あぶりの刑に処す。

5月27日 (日)

今朝も4時半にお目覚め。私は普段も5時半には眼が覚めるが、山の生活は健康ですなあ。焚き火のおかげか、今朝はヒル被害無し。
40メートルザイルはベースに置いて、50メートルのみにする。昨日は、50メートルは丸尾さんが持ち、私の40は結局出番が無かったが、今日は登攀はしないものの、下山時懸垂があるかもということで。
30分ほどで、左俣との出合い、そこからまた30分ほどで大きく開ける。右俣の大滝だ。落差は100メートルほどとこちらの方が小さいが、こちらのほうが直瀑に近い。しばし、記念撮影したり、マイナスイオンを浴びに行く。
吉岡さんが、この上も何も無いようなので、ここで終了しませんかと言う。もちろん、大賛成ですよ。ピークに登り詰めないといけないという、強迫観念はまったく持ち合わせていない私ですから。このところずっと腰が痛いという吉岡さん。それで山行するところがさすがですし、それでも遅れ気味になるのはいつも私ですが。まあ、歴戦の勇士と赤子と一緒にならないのはあたりまえだけど。一度、医者にも行って完治してくださいね。私は、皆さんにご迷惑かけてはいけないので、体調が悪ければ、参加しませんのでね。
仕事道をたどり幕営地点にもどり、朝10時には完全に終了。
営業開始10時の「きなりの湯」に10時半に入浴。日曜遅くに帰ることが多い例会の中で、嬉しい早さだ。ゆっくり、入浴して、昼食もとり、岐路に着く。
谷そのものは、降雨後でもそんなに水量が無いし、大滝以外は何も無いし、沢登りとしてのおもしろさはともかく、大滝2つを見られてかなりおいしい沢ではあった。
沢志向(嗜好)もいろいろある。泳ぐのが好きな人がいるのも良くわかったし。
私は小滝でいいので、シャワークライム派かなあ。あまり、ずぶぬれは嫌だけど。ほどほどだと、いいですね。上からの水はよくて、泳ぐのは嫌いはおかしいと言われると困っちゃうけど。とりあえず、あまり水線から離れるのも寂しい。
私には、実質今年初めての沢で、終わり頃になって、ザイルワークは少し思いだしてきたかな?という感じでしたが、難度の高い部分がありながら、お二人に挟まれてこんなに緊張感がなくていいの?というくらいすごく楽に登らせていただきました。感謝申し上げます。
次回は、もう少しちゃんとしないとね。
雑駁な感想文にしかなりませんが、とりあえず、以上。